前回のアーツどんだけ?的なエントリーに関しては、辛辣な反論コメントが寄せられることを予想していましたが、そのようなものは一つもなく、皆様丁寧な言葉でご意見してくださいました。ありがとうございました。
今回のアーツvs.シュルト戦は、録画したものを再度視聴してみようと思いました。 私の中には先入観があり、アーツが勝つにしてもどうせ以前と同様の、俗に“アーツアタック”と呼ばれている一か八かの突貫攻撃を仕掛けて勝ちを拾うことしか出来ないだろうという先入観があり、そのせいで試合にのめり込めず、皆様が特筆しているシュルトが大いに攻め込まれたシーンを認識していなかった可能性があるやもしれないからです。
ただ、K-1以前からリアルタイムでアーツを観ていた私には、圧倒的な強さで相手をなぎ倒す、まさにランバージャックと呼ばれた由縁足り得る勝ち方こそがアーツ本来の姿として刷り込まれており、その様式美とも言えるような美しさに魅了されてきましたので、斜め上15度の角度でパンチを放ちながらシュルトに食い下がり、勝ったのか負けたのかも一目に判らないような痛々しい姿を晒すアーツ、あるいはアビディ戦以降の荒々しさが消えた円熟期のアーツには、何ら魅力を感じないというのが私の正直な気持ちです。
とは言え、そんなアーツに魅力を感じるファンを否定する気持ちは毛頭ありませんが・・・アーツ熱烈支持派格闘技ライターのささきぃさんはこのようなブログ記事を書いております。
ピーター・アーツの言葉
彼女はプロフェッショナルのライター。私なんぞよりははるかに見識も高いはずですから、彼女が言うようにアーツはK-1のためなら命も捨てられるような崇高なる精神の持ち主なのでしょう。
そんなアーツなのだから、PRIDE全盛期にホイスに頭下げて総合を学んだ理由は、PRIDEの方が稼げるからではなく、総合で学んだことを愛するK-1にフィードバックするためだったろうし、大山に足首を極められてタップアウトした試合で、自分に敬意を表そうと歩み寄った大山を完全無視してリングを降りたのは、愛するK-1の看板に泥を塗りたくないという彼なりの配慮だったのでしょう。足首を極めて勝ったくらいで偉そうにするな!俺は神の如きK-1ファイターなのだ!ポリシーもあるし、誇りも高いから、寝技なんて好んでやらないのだ!
、、、ってか。
敵前逃亡したサップの代わりに急遽試合を受けたことも、そんなに評価すべきことなのでしょうか?それなりの大金を貰う約束で、エキシビション程度の試合を行っただけの話じゃないですか?
今年の大晦日も必要とされれば出場するさ的な発言についても、涙流して感動するような話じゃないでしょ。
Business is Business.なのだから。
いや、私はアーツをおとしめてるわけじゃないですよ。それが普通じゃないかな?って話。
最後にこんな昔話を一つ。
昔、昔、ある小さな農村に、母と息子の二人暮らしの家族がおったそうな。
母は重い病に罹っており、いつも寝てばかりで、息子は畑仕事の合間に一生懸命看病をしていたそうな。
そんな様子を見た村の衆は、口々に息子の献身さを褒めたたえたそうな。誰もが村で顔を合わせばその話をするくらいで、それはあたかも、善良の鑑とも言うべき息子を褒めることで、村における己の社会性を保とうとするかのようじゃたそうな。
ところが、にわかに母親の病状がベルナール悪化し、顔や体中から膿が出てくると、村の衆は大騒ぎ。あれは伝染病じゃ。あの親子をこの村に置いておくわけにはいかん!
村の衆はとび口や竹やりを持って親子の家に押しかけ、病気を他人に伝染す前に村から出て行けと、立ち退き勧告をしたそうな。
息子は母を背負い、家を後にしたが、そんな親子に向かって投石をする者までおったそうな。
そのことがあってから、親子が村から逃げ歩いた道は、投石峠と呼ばれるようになったそうじゃ。
》web新のTwitter
今回のアーツvs.シュルト戦は、録画したものを再度視聴してみようと思いました。 私の中には先入観があり、アーツが勝つにしてもどうせ以前と同様の、俗に“アーツアタック”と呼ばれている一か八かの突貫攻撃を仕掛けて勝ちを拾うことしか出来ないだろうという先入観があり、そのせいで試合にのめり込めず、皆様が特筆しているシュルトが大いに攻め込まれたシーンを認識していなかった可能性があるやもしれないからです。
ただ、K-1以前からリアルタイムでアーツを観ていた私には、圧倒的な強さで相手をなぎ倒す、まさにランバージャックと呼ばれた由縁足り得る勝ち方こそがアーツ本来の姿として刷り込まれており、その様式美とも言えるような美しさに魅了されてきましたので、斜め上15度の角度でパンチを放ちながらシュルトに食い下がり、勝ったのか負けたのかも一目に判らないような痛々しい姿を晒すアーツ、あるいはアビディ戦以降の荒々しさが消えた円熟期のアーツには、何ら魅力を感じないというのが私の正直な気持ちです。
とは言え、そんなアーツに魅力を感じるファンを否定する気持ちは毛頭ありませんが・・・アーツ熱烈支持派格闘技ライターのささきぃさんはこのようなブログ記事を書いております。
ピーター・アーツの言葉
彼女はプロフェッショナルのライター。私なんぞよりははるかに見識も高いはずですから、彼女が言うようにアーツはK-1のためなら命も捨てられるような崇高なる精神の持ち主なのでしょう。
そんなアーツなのだから、PRIDE全盛期にホイスに頭下げて総合を学んだ理由は、PRIDEの方が稼げるからではなく、総合で学んだことを愛するK-1にフィードバックするためだったろうし、大山に足首を極められてタップアウトした試合で、自分に敬意を表そうと歩み寄った大山を完全無視してリングを降りたのは、愛するK-1の看板に泥を塗りたくないという彼なりの配慮だったのでしょう。足首を極めて勝ったくらいで偉そうにするな!俺は神の如きK-1ファイターなのだ!ポリシーもあるし、誇りも高いから、寝技なんて好んでやらないのだ!
、、、ってか。
敵前逃亡したサップの代わりに急遽試合を受けたことも、そんなに評価すべきことなのでしょうか?それなりの大金を貰う約束で、エキシビション程度の試合を行っただけの話じゃないですか?
今年の大晦日も必要とされれば出場するさ的な発言についても、涙流して感動するような話じゃないでしょ。
Business is Business.なのだから。
いや、私はアーツをおとしめてるわけじゃないですよ。それが普通じゃないかな?って話。
最後にこんな昔話を一つ。
昔、昔、ある小さな農村に、母と息子の二人暮らしの家族がおったそうな。
母は重い病に罹っており、いつも寝てばかりで、息子は畑仕事の合間に一生懸命看病をしていたそうな。
そんな様子を見た村の衆は、口々に息子の献身さを褒めたたえたそうな。誰もが村で顔を合わせばその話をするくらいで、それはあたかも、善良の鑑とも言うべき息子を褒めることで、村における己の社会性を保とうとするかのようじゃたそうな。
ところが、にわかに母親の病状がベルナール悪化し、顔や体中から膿が出てくると、村の衆は大騒ぎ。あれは伝染病じゃ。あの親子をこの村に置いておくわけにはいかん!
村の衆はとび口や竹やりを持って親子の家に押しかけ、病気を他人に伝染す前に村から出て行けと、立ち退き勧告をしたそうな。
息子は母を背負い、家を後にしたが、そんな親子に向かって投石をする者までおったそうな。
そのことがあってから、親子が村から逃げ歩いた道は、投石峠と呼ばれるようになったそうじゃ。
》web新のTwitter


それ以上でも以下でもない、ただそれだけです。
別にその人に悪意もありませんし、嫌悪もしていませんが、そういうものです。