来年のDREAM。狙い目は関本大介や石井智弘クラスの腕っ節が強いインディー系レスラーだ。

これは数日前のTwitter上での私の呟きだ。

「web新の奴、また馬鹿なこと言ってるよ」と顔をしかめた格闘技ファンも少なくないだろう。

しかし、これまでの日本格闘技シーンの要所要所にプロレスラーの存在があったことは明らかだ。

史上最大の規模を誇った格闘技団体PRIDEは、元々は高田延彦のために立ち上げられたイベントだったし、シリーズ化されたPRIDEを牽引してきたのは桜庭和志であったことは言うまでもない。

同じU系の田村潔司も、かつてはPRIDEにおいて大物選手あるいは体格的ハンデを背負わされたカードに対しても果敢にチャレンジしてきた。

高田がヒクソンに2度目の黒星を喫した日に"路上の王"マルコ・ファスに白旗を上げさせたのは、そのリングの設営作業にまで携わった格闘探偵団バトラーツ所属のプロレスラー、アレクサンダー大塚だった。

小川直也がゲーリー・グッドリッジを、藤田和之がマーク・ケアーを破った試合は他に類を見ない程の盛り上がりを見せたし、成績は振るわなかったが谷津嘉章や小原道由、杉浦貴もPRIDEのリングを賑わせた。

言うちゃ悪いが、プロレスラーなくしてPRIDEは存在し得ない格闘技イベントだったのだ。

さらにK-1においても、松永光弘やバート・ベイル、中邑真輔らの参戦があったし、新日本プロレスとの対抗戦に活路を見出そうとしたことすらもあった。

にも関わらず、プロレスラーの参戦を否定するとは何事か?過去の経緯を否定できるだけの理由が、潮流の変化があると言うのか?

プロレスラー参戦を嬉々として楽しんだ自分を無かったことに出来る都合の良さ。

高山善廣がドン・フライ相手に演じた"男同士の殴り合い"は今もなお語り草になっているが、あれこそスイングするプロレスそのものじゃないか?(逆に私は嫌いだが)

奇しくも元若麒麟こと、IGFの鈴川真一のDynamite!!参戦が確定したらしい。

格闘技の血生臭さを蘇らせるために、素手のルールを導入するとか。

決められたルールの中で“最強”を決めるのが好きだというならば、どうぞUFCをご覧下さい。画一的なMMAファイターには飽き飽きだよ。

私はスポーツライクな試合よりも、そこに闘いがある試合を断然観たい。そして、闘う気持ちを伝えられるのは、やっぱりプロレスラーなのだ。

格闘家だってそれは可能だろうって?

まぁ、中にはそれを試合の中で体現出来るファイターもいるだろう。しかし、プロレスラー柴田勝頼の格闘技戦成績と試合出場頻度の反比例具合をどう説明するのか?って話だ。