しばらく前に『別冊・プロレス昭和異人伝』で、故・福田雅一選手に関するエントリーが書かれていました。

私は福田選手にはあまり関心がなく、アマレス出身であること以外には何も知りませんでしたので、ウィキペディアで調べてみました。

福田選手に関する記述は主に以下のとおり。

■大学時代に国体アマレス準優勝。

■95年にレッスル夢ファクトリー入団、99年に新日本移籍。高角度ジャーマンが得意技で、将来のエース候補と目されていた。

■橋本真也の付き人を務めた時期があり、2000年4月の小川戦に敗れて引退することになった橋本と食事して、「悔しいすね」と大泣きしたという。

■その橋本−小川戦の一週間後の試合で柴田勝頼のエルボーを受けて意識不明の重体に陥り、病院へ搬送されたが、5日後に急性硬膜下血腫で死亡した。

■福田はその前年に、硬膜下血腫のため約4ヶ月間の欠場をしていたが、その後遺症が原因と見られている。

■日本のプロレスラーが試合中の事故で亡くなったケースは女子レスラーで2名(プラム麻里子、門恵美子)あったが、男子レスラーでは史上初の惨事だった。

■2000年7月に現役復帰した長州力は、入場の際に福田の遺影を脇に抱えており、福田の死が長州の心を動かした事が伺える。

以上です。

また、『異人伝』今年3月のエントリー『今を嘆き今を見る昭和プロレスファンの問題提起/そして昭和プロレスファンに吉報そして必見!のプロレス文学ついに誕生!』では、

「激しさという免罪符のもと、多くのプロレスラーを、個人的には、私の最愛の福田雅一を死に追いやった、今のプロレス界のとんでも無いスタイルと風潮に対して、私は徹底的に問題提起していくつもりです。
福田の殉職を無駄にしない為にも。」


との記述があります。『K−1心中』もその一助になりたいと思ってます。

もうすぐお盆。我々ファンとしては、故人を忘れ去ることなく、せめて盆月くらいはネットの情報を活用するなどしてその足跡を再確認し、故人を偲びたいものです。