冒頭からショッキングな映像を見せてしまいましたが、すごく愛情溢れる指導ですね。戦争で人間は極限状態に置かれ、その中で殺し合いをするわけですから、演習においても生きるか死ぬかの状態に身を置かなければ意味はないわけです。

これは格闘技においても同様です。一般的に“追い込み”と言われる練習をすることで、最終ラウンドまで戦い抜く体力と精神力を培うのです。私はこれを疎かにしたせいで後一歩で勝ちを逃すことがあったような気がします。

ところで、以前に勘違い格ヲタの行動パターンを紹介したところ、「あなたは草野球や草サッカーのように草格闘技というものを認めないのか?」というご意見を頂戴しました。

私も時々助っ人で草野球に参加することもありますし、数年前はフットサルチームを主宰していました。まったく練習しないでも楽しく参加できるのが草野球や草サッカーの良いところです。

一方で格闘技はどうでしょうか?練習をしないで参加できる大会がありますでしょうか?

数年前に草格闘技という概念を打ち出したのは、現在K-1やHERO'sで審判を務めている平直行氏だったと記憶していますが、平氏が言うところの草格闘技とはどのような定義だったのか?

基礎動作の習得を疎かにしてプロ選手が使う技を形だけ真似るような、練習と言うよりも格闘技ごっこと言った方が正しいような戯れをすることでしょうか?ちびっ子レスリングよりも下手なタックルしかできないのに、抑え込みもまともに出来ないのに、憑り付かれたようにマウントパンチの練習だけをすることでしょうか?

草野球同様に草格闘技があっても良いという考え方は理解できますが、球技と格闘技は別物です。格闘技は人間同士が殴りあったり、組み伏せ合ったりする競技ですから、寝ぼけ眼で日曜の朝に野球場へ行くような感覚で参加できるものではありません(草野球と言っても相当なレベルの試合もあることは解ってますが)。

ですから私は草格闘技というものを勘違いしないでほしいと思うのです。さらに勘違いしないでほしいのは、強い弱いの問題ではないことです。取り組む姿勢の問題です。私は弱くても真面目に練習する若者が大好きで、どうすればその人が顔面パンチの恐怖を克服できるのかを考えたり、クリスマスイブの日でも練習に来た若者や外国人男性を励ましたり、、、。彼らがより良い状態で格闘技に取り組んでもらえるような工夫をしてきたつもりです。

強くなくとも真面目に楽しく格闘技に取り組む。これが草格闘技というものでしょう。